『クシエルの矢(全3巻)』[ジャクリーン・ケアリー/ハヤカワ文庫FT]

 ミストボーンに続いて、おむらさんの感想に釣られて購入。読後の素直な感想は、「流血女神伝」に性的あれこれを増量してよりハードにより耽美にしたような話だなぁ、でした。

 天使たちの末裔の国、テールダンジュ。愛の営みは神への捧げ物であると捉えられているこの世界で、主人公のフェードルは「クシエルの矢」と呼ばれる印を持って生まれた「アングィセット」で、その資質を見出されたがために数奇な人生を歩むことになる――というのがとても大雑把な説明になるでしょうか。ちなみに「アングィセット」というのが、苦痛に快楽を見出す被虐嗜好……まぁ、とても身も蓋もなく言えば真性のドM体質なわけで。加えて説明しておくとクシエルは懲罰を司る天使で、こちらの血筋の人は一言でいうとS体質。
 1巻では、その性質を使えると見た貴族デローネイに引き取られたフェードルが、神娼(ようするに高級娼婦)となるのに必要な技だけでなく様々な知識や技術を教え込まれ、彼の間諜として美しく賢く成長していく過程と同時に繰り広げられる宮中陰謀劇が、2巻ではある裏切りから、護衛の騎士ジョスランとともに敵国スカルディアへ奴隷として売り飛ばされたフェードルの生き残りをかけたサバイバルが、そして3巻ではスカルディアとの間についに起こった戦争と、その影で不利な戦況を覆すためにフェードルが仲間とともに奮闘する様子が描かれます。あ、一応書いておくと、性的な描写は設定が設定なのでそれなりにありますが、あんまり厭らしい感じの描き方じゃないので、わりとサクッと読めると思います。
 読み始めこそフェードルの特殊性癖が(良くも悪くも)目を引いてしまいますが、次第に登場人物たちの関係や宮廷内の権力を巡る政争、国家間の謀略などなど、たっぷり詰め込んだ物語そのものの面白さに惹きつけられました。ただ、個人的な好みを言えば、一人称&回想文形式であるがゆえに、あまり深く突っ込まずに流してる部分をもう少し書きこんでくれればもっと好みだったのになぁとも思いましたが。

 登場人物の話。とりあえず、なにはなくとも主人公のフェードル。ドMという設定こそアレですが、基本的に自分を見出し養育してくれたデローネイに恩義と敬意と忠誠を持ち、また神娼としてテールダンジュ人としての誇りも忘れない、実に良い娘だと思います。M設定も1巻の段階では今ひとつ生きてなかった気がするけど、2巻からは業の面も描かれたためか、まぁそういうものかと納得しますし(しかし、3巻のアレとかは、読んでるこっちが「痛い痛い止めて止めてー!」と言いたくなった。) それから、フェードルの護衛となるジョスラン。初登場時は自身の信仰に忠実なガチガチの堅物でフェードルとも反目していた彼ですが、やむをえない事情から「破戒」するに至って徐々に人間味のあるキャラになっていったなーと思います。その他にも、フェードルの幼馴染で彼女とはまた違った過酷な運命にある「流浪の民の王子」ヒアシンス、フェードルの養い親で間諜としての教育を怠らない一方惜しみない愛情を注ぐデローネイ、デローネイの一人目の仕込みっ子であるアルクィンなどなど、あるいはフェードルの助けとなり、あるいは敵となる多様な脇役陣も実に魅力的。……しかし、どんなに魅力的な登場人物でも物語の進行状況によってはさっくり切り捨てる作者氏の姿勢には須賀さんがダブって見えましたさ……orz

 さて、テールダンジュを襲った危機はひとまず乗り切ったことになりますが、まだまだ波乱要素は数多く。フェードルをゲームの相手を認めたらしいあの人の動向も含めて、第二部ではどんな展開が待っているのか。翻訳がとても楽しみです。

作品名 : クシエルの矢 (3)森と狼の凍土
    【 amazon , honto
著者名 : ジャクリーン・ケアリー
出版社 : ハヤカワ文庫FT(早川書房)
ISBN  : 978-4-15-020503-4
発行日 : 2009/10/30

“『クシエルの矢(全3巻)』[ジャクリーン・ケアリー/ハヤカワ文庫FT]” への2件の返信

  1. 釣られていただいてありがとうございます(^^)
    私、まだ二巻しか読んでないのに、追い越されてしまった……。
    三巻は波乱万丈そうですね!楽しみです。
    「ミストボーン」の続きでないかなあ……。

  2. 今回も全力で釣られました(正座)
    海外FTは翻訳との相性もあるのでちょっと不安でしたが、ミストボーンもクシエルも両方面白かったです!

    >三巻は波乱万丈そうですね!楽しみです。
    2巻はジョスラン!という感じでしたが、3巻はヒアシンスっ…!でした。
    そしてフェードルはやっぱり大変で痛そうな目にあってますが、本人の姿が(カリエとは違う意味で)あまり痛々しくないのが救いです。

    >「ミストボーン」の続きでないかなあ……。
    いざとなれば原書、という手段もあるとはいえ、やはりなんとか翻訳してほしいですよねぇ…。
    冊数にして「クシエル」シリーズの半分なんだから、頑張って早川さん!

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