栗原ちひろさんの新作は、錬金術師見習いの青年と記憶喪失の「画家」の出会いから始まる異世界ファンタジー。
これはとても良い。実に好みの雰囲気の、素敵なファンタジーでした。今年上半期は『鳥は星形の庭におりる』とこの作品と、ファンタジー系の良作が続けて発表されて、嬉しい限り。
作品全体のキーワードとなるのは「絵画」。物語の中心人物である錬金術師(見習い)セツリが暮らす世界において「絵画」とは、それを生み出す技術は伝わってすらおらず、故に高価な宝石と同等の価値を持って取引される程の希少価値を有するものであり、不可思議な魔力を秘めているとまことしやかに囁かれるほどのもの。そんな世界で、当たり前のように絵を描き出す「画家」のリンと出会ったことから、セツリは本人の預かり知らぬところで大きな役割を担うようになり……というのが、非常にざっくりとまとめてみた導入部。ネタバレなしで感想を書くのがとても難しいのですが、「絵の中の王女」アイカが生まれながらに押しつけられていた束縛を振り払うまでの過程、恐怖にとりつかれた女殺し屋フラーメアが見たもの、そして世界への挑戦とその結末と、語られる物語それぞれの魅力と面白さが味わえました。終盤、セツリが「神殺し」を目論む深淵派に襲われてからの展開がとても好き。セツリの啖呵は言うまでもなく、アイカの真っ直ぐな心とその行動、それを言い訳に動きはじめるリンの姿とか。「後悔していない」と言い切る彼も、みんな格好良かったー。
登場人物たちは揃いも揃って癖がある連中ばかりで、彼らのかみ合ってるんだかなんなんだかな組み合わせと会話がまた楽しかったです。とりあえず、世界の真実に気がついても「三日も寝こんだら飽きたから。絶望に」と言って立ち直ってしまえるセツリの精神的なたくましさというか図太さというか、まぁとにかく前向きな思考が実に素敵だなぁとも思った。あと、アイカがあの人たちへ決別を告げるシーンの、芯の強さを感じさせる凛とした姿も印象的でした。
物語としては綺麗に完結しているので、直接の続編はなさそうかな。ですが、こういう系統の作品もまたどんどん発表して行ってくださるとうれしいな。