『叛旗兵 山田風太郎傑作大全7』[山田風太郎/廣済堂文庫]

 2009年の大河ドラマの主役が直江山城守兼続ということで、今月の山風作品感想はこれにする。ちなみに作者自己評価は「B」。……確かに中盤やや冗長かなーと思わなくもないけど、それでもこれでBって(以下略)

 関ヶ原の戦いから十年。直江山城守兼続の養女・伽羅に、徳川家康の懐刀・本多佐渡守正信の次男・長五郎との縁談が持ち込まれた。関ヶ原以来の因縁の相手との縁談に猛反発する上杉家中だったが、兼続は大谷刑部の忘れ形見・左兵衛を婿として迎える先約があるして、この申し出をあっさり断ってしまう。事の成り行きに、直江四天王と称される4人の武者たちは最初はしてやったりとほくそ笑んでいたものの、肝心の左兵衛がすっかり腑抜けているためどうにも締まらない。それでもどうにか婚礼が行われたのだが、祝いの席での諸侯の嘲笑に怒った伽羅は直江四天王に左兵衛を鍛えてくれないかと依頼する。かくして、直江四天王による豊臣恩顧でありながら今は徳川についている各大名への意趣返しが始まるのであった――というのが、導入部の展開。登場人物は、主人公格である直江四天王(前田慶二郎、上泉主水、岡野左内、車丹波)を筆頭に、直江山城も押さえるところは押さえるし、本多長五郎とその護衛を勤める宮本武蔵と佐々木小次郎、徳川家康や北政所といった人々まで登場するという豪華っぷりで、戦国末期というか江戸初期というか、まぁとにかくこの時期のオールスター揃ってのドタバタコメディ劇、みたいなノリで話は進んでいきます。雰囲気も明るく娯楽性が強いあたりは『風来』前半、負け組が勝ち組を相手に回してあれやこれやの騒動が、というあたりはある意味警視庁草紙に通じるものがあるかもしれない。
 麻雀で借金作ってアタフタする武蔵と小次郎とか二条城松の廊下での皮肉な「逆」刃傷沙汰とか遊びの部分が楽しい一方、作中に用意されたちょっとした謎や「その後」に通じる描写、そして細かいところで案外史実に合わせてあったりとニヤリとできる描写も多々。

 そんな感じで単純に面白おかしいコメディとして幕を引くこともできたはずなのに、そうしないのが山田風太郎という天才の持ち味というべきか。結末まで数十ページを残すところで明かされる「真相」と「真意」には、文字通り冷や水を浴びせられた心地になりました。そして、秘められていたものが表に出た時点で、雰囲気が一気に反転。これまで物語を縦横無尽に動き回り盛り上げてきた面々が次々に場を去っていく寂寥感、タイトルとなっている「叛旗兵」の出現とその叫びに加え、全てを呑みこみなおその在り方を貫かねばならない人の心中の哀切。畳みかけるように押し寄せてくるそれらによって、物語の大部分を彩ってきた滑稽さが嘘のように、寂寞とした想いが胸に強く焼き付いてしまう。おもしろうて、やがて哀しい物語でありました。

作品名 : 叛旗兵 山田風太郎傑作大全7
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著者名 : 山田風太郎
出版社 : 廣済堂文庫(廣済堂出版)
ISBN  : 978-4-331-60545-5
発行日 : 1996/10/1

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