第20回日本ファンタジーノベル大賞・大賞受賞作。現実とは似て異なる日本を舞台に、依頼者の心にひそむ「本当の望み」を叶える不思議な才能をもった建築家・笠井泉二の足跡を辿った、あるいは彼の才能にそれぞれの形で接した人々の物語を集めた連作集。
ここ数回のファンノベ大賞の中では、地味ながらも個性のある作品で、なかなか楽しかったです。話はどちらかといえば淡々とした調子で進んでいくのですが、人の抱える繊細な痛みとさりげない優しさ・癒しの描写や雰囲気がなんとも素敵な味わいで、読み進むにつれてだんだんと惹きこまれていく感じ。
それから、笠井という人物への興味も物語を読み進める中では良いスパイスでした。物語の主役は彼ではなくて、彼の才能だったのかな、と読了した今では思っているのですが。その才能の発露が時々の出来事と絡めて語られていく中で、自然と異能の天才とその孤独が浮かび上がってくるという構成・展開が上手いなぁと思いました。しかし、笠井がこういう異能を持つ理由については作中でも推論とともに語られたりするものの真相は謎のまま、というのは人に寄って賛否が分かれるかも。個人的には、深く理詰めで追及せずに、世の中にはそういう不思議なこともあるんだろうね、ぐらいに捉えておくのが作品の雰囲気的にもベターなんじゃないかと思いました。
あともう一つ難を言うなら、彼の手がけた建築物の描写やそれの生み出す作用などの描写が、なんだか普通すぎた気がしなくもない。堅実な描写で無難には読めるんだけれど、なんというかもう少し、依頼者の味わう至福の雰囲気が嫌でも伝わってくるような、濃いめの描写があったらよかったのになーとちょっと思った。好みの問題でしょうか。
なにはともあれ、久しぶりにファンノベ大賞っぽい作品が読めて満足。次回作も楽しみに待っていようと思います。