『青猫屋』[城戸光子/新潮社]

「お時さんの歌も悪意の歌だった?」
《否。悪意では無い。逆襲の歌と私は聴いた。見事な逆襲の歌であった》
 遥か遠い記憶から歌を探り出そうとするかのようにしばらく沈黙したのち、メモ・パッドは続けた。
《お前も知っている通り、判定の基準はどちらの歌がより永く生きて愛唱され続けたかと云う事だ。仁多山氏は云うまでもなく歌い広めることに奔走していた。勿論、前編は誰も異論を挟めない程の傑作。覚えて歌うには些か長過ぎるという欠点は有ったがね。私は何度も地蔵祠にお時嬢を訪ね、あの短くも熾烈な歌を歌い広めるよう勧めた。しかし、お時嬢は二度と歌わなかった》 ――(p.142)

 「読書の夏」、リスト消化8作品目。第8回日本ファンタジーノベル大賞、優秀賞受賞作品。

 誰もが歌を創り歌い耽溺する町を舞台に、人形師であり、同時に特定の誰かを傷つける「瘤」を取り除き歌殺しを為す「歌瘤士」でもある「青猫屋」の4代目当主廉二郎が、亡父が立会人を務めた48年前の歌試合の判定を依頼されることから始まります。しかし、その歌試合で歌われたという一方の歌は傑作として今でも知られているものの、もう一方の歌が行方不明。廉二郎はその歌を探し始めるが、調査の過程で意外な事実も明らかになっていき……というのが本筋の流れ。その本筋とは別に、歌試合を行った2人の老人それぞれが現在置かれている状況、青猫屋の手伝い小僧・頓痴気が廉二郎の作った「特別なキツネ」を手に入れようとする様子、そして町に存在する奇妙なモノたちが一ヶ所に集っていく様子等が並行して描かれていきます。……余談ながら、脇の話の差し込み方というか転換の激しさは、作者の人がもともと舞台関係の人だからなのかしらと思ったり思わなかったり。
 で、それらの話がどのように絡んでくるのだろうとのんきに読んでいたら、全てが一点に集中したそのとたんに、まるで雪崩のように一気に破局が押し寄せてきて唖然とする。後味が悪いというのとはちょっと違う、唐突にぽんと宙に放り出されてしまったような、ものすごく不思議な読後感。
 ……まぁ正直なところを言えば、何度読み返しても今回久しぶりに読み返しても、やっぱりラストの流れがよく理解できないよこの話と頭を抱えてしまうのですが(←駄目駄目) その一方で、個性的な登場人物や小道具が渾然一体となって作り上げた、日本のようで日本でない不可思議な世界の雰囲気に、なんとなく惹かれてしまう。万人にオススメ、とはちょっと言いにくいけれど、個人的には不思議と気に入っている一冊。

 とにもかくにも、この独特の幻想世界を生み出した作家さんが、次はどんな作品を読ませてくれるのか。2作目が発表される日が来ることを楽しみにしていたのですが……2005年、病気のため永眠なさったとのこと。合掌。(ちなみに、遺稿がこちらのサイトで公開されています)

作品名 : 青猫屋
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著者名 : 城戸光子
出版社 : 新潮社
ISBN  : 978-4-10-415301-5
発行日 : 1996.12

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