『柳生忍法帖』、後編。舞台は明成の本拠である会津に移り、さらに熾烈な戦いが繰り広げられていくことになります。
会津入り前後で、登場人物に若干テコ入れあり。味方陣営では、前半はあまりおおっぴらには動いていなかった沢庵和尚も積極的に動いてくるし、話の途中で明成に攫われ辱められたがために彼らと行動を共にするようになるおとね、そして沢庵和尚の弟子で堀の女たちの手助けに乗り出したお坊様は後半戦のキーパーソンになってきます。もちろん、十兵衛の存在がより大きくなるのは言うに及ばず。一方の敵陣営も流石に本拠地というだけあって、「七本槍」には劣るものの精鋭ぞろいの芦名衆とそれらを束ねる魔人・芦名銅伯、そして銅伯の娘で明成の側妾おゆらといった面々が登場し、戦力強化。何より、会津丸ごと人質に取っているともいえる敵のやり口に、十兵衛や堀の女たちは上巻以上の苦戦を強いられることに。冷静に読めば少なからずご都合主義っぽいと思う部分もないではないのですが、読書中はそれが全く些細なことと思えるほど、緩急の利いた展開、逆転に次ぐ逆転で最後まで読者を引っ張って行ってしまう筆力は単純にすごいと思います。……とはいうものの、物語の発端でありメインであるはずの堀の女たちと「七本槍」の影が微妙ーに薄くなってしまうのばかりはやっぱりちょっと残念だと思うわけですが。
見せ場の多い下巻の中でもとりわけ圧巻なのは、とある理由から沢庵和尚が敵に屈するのもやむなしと判断し、十兵衛と堀の女たちを呼び寄せる場面。女たちをむざむざ死なせるわけにはいかぬと独り鶴ヶ城に乗り込んできた十兵衛を、自身もみすみす彼女たちを死なせてしまうことに苦悩しながらそれでもなんとか説得しようとする沢庵に対して、明朗快活な答えを返した十兵衛の格好よさはもはや反則級。あと、「七本槍」の一人、隻腕の剣鬼・漆戸虹七郎との桜の下での一騎討ちの場面は、その臨場感に思わず息をのんでしまいます。
そして、この人のことも忘れちゃいけない、というのがおゆら様。作中でのおゆらはまぎれもなく残虐淫蕩な悪女なんだけど、そうと分かっていてもなお、最後の一場で彼女が吐露した、一人の女性として初めて抱いたあまりにも普通の、まるで純情可憐な少女のような願いは、それが真実本心から出た言葉であるからこそ胸に響きます。つーか、これでおゆら様が正ヒロインの座をかっさらっていったというのにたぶん異論はないはずだ(笑)
堀の女たちの復讐はどのような結末を迎えるのか。そこまで語るのはあまりにも野暮だろうから語りませんが、穏やかさの中にほんのり切なさ漂う終幕は、格別です。