文化庁による2008年度現代日本文学の翻訳・普及事業の仏語訳対象の一つに選定された、山田風太郎の時代もの。自己評価「A」も納得の傑作……なのですが、もしかしたらそろそろ品切れ状態になりつつあるのかも?(いや、アフィリエイトへのリンクを作成してたらamazonとboopleで新品品切れ状態だったのに気がついて・汗)
えーと、不吉な事柄はさておき、内容はタイトルからもわかるとおり、日本人なら一度は聞いたことがあるだろう、滝沢(曲亭)馬琴の生み出した一大伝奇長編『南総里見八犬伝』を現代風に語り直したもの――という単純なものではなく。八犬士たちが活躍する勧善懲悪の物語たる「虚の世界」と、書き手たる滝沢馬琴の人物と実生活、そして周囲の人々との関係を描いた「実の世界」とを交互に語るという形式がとられています。
上巻は「虚の世界」のほうがメインになるでしょうか。読本だからガチガチの古文に比べれば読みやすいとはいえやっぱり最後まで読むにはそれなりの根性が必要(当社比)になる『南総里見八犬伝』の内容を、これは外せないという要素と筋を巧みに選り分け再構成し、さっくり読みやすくて面白い物語に仕上げている手腕は流石の一言。
一方「実の世界」。こちらはまだ、馬琴を取り巻く状況が暗い兆しはあれども比較的平穏といっても差支えがない状態ということもあって、やや面白みに欠けると感じられなくもない(←ある意味酷い言い草) とはいえその中にも、堅物の馬琴と数少ない友人である気侭な葛飾北斎との会話や、完璧主義を通り越して偏執狂な馬琴の性格から生じる周囲との摩擦、明治もののそれにも似た実在の人物との微妙な交差など、いろんな要素が詰め込まれており意外なほど面白く読めます。また、主に馬琴を通して語られる作家論とでもいうべき数々の考えには作者自身の考えが色濃く反映されていて、それもまた興味深いものがあり。
何はともあれ、虚実両方の世界がどのような結末を迎えるのか、大いに興味をかきたてられたところで下巻へ続きます。