山田風太郎明治小説全集5巻目。形式的には連作短編でもあり同時に長編でもあり。ちなみに、作者自己評価がほぼ全てAとなっている明治小説群の中で、唯一のBだったりする。(中編では「明治かげろう俥」がCだけど、作者的にあれは時代小説の範疇にあったらしいので、どう捉えるべきかちょっと悩むところ)
主役格は、北海道月形の樺戸集治監に看守として着任した青年・有馬四郎助。最初は囚人を同じ人間と捉えていなかった彼が、囚人や看守たちの過去が現在の状況につながり、監獄の内外で様々な事件が起きていくのを目の当たりにしていく、というのが大枠のあらすじになるでしょうか。『明治十手架』で主役級として活躍した原胤昭も、出番はそう多くありませんが有馬や囚人たちに大きな影響を与える重要な役どころで登場。
他の明治物とおなじく、実在の人物のカメオ出演や、実際に起きた明治初期の動乱や事件が虚実融合して物語に取り入れられている様が楽しい。さらに、周囲の環境・状況や複雑怪奇な時代の流れに巻き込まれるなどして服役する身となった囚人(普通に悪党なのもいますが)、けして善人ではない看守たちの絡みが織りなす物語とその結末には、一言で言い表せない人間の多面性や運命の皮肉さが感じられて、ただ面白いとしかいいようがないですね。作中に登場するある人物は、樺戸を「人間の運命の吹きだまり」と評していましたが、言いえて妙。
長編としては、有馬の出身や西郷の暗部など、明治という世の影で犠牲となった、あるいは闇に葬られることになった人々や出来事がゆるやかに繋がりを見せたり、上巻終盤では牢名主的存在である牢屋小僧の持つ不可思議な技能も明かされるなど、さまざまな仕掛けが見え隠れ。これがどういう風に収束していくのかは、まぁお楽しみで。
さて、書類を届ける名目で空知集治監に出向いた有馬が、今度はその場所でどのような事件を目にすることになるのか。続きは6巻収録部分で。