『明治バベルの塔 山田風太郎明治小説全集12』[山田風太郎/ちくま文庫]

 山田風太郎明治小説全集12巻目は短編集(ちなみに、連作形式ではありません)  収録作は幸徳秋水と黒岩涙香が自社の新聞「万朝報」の売上げを伸ばすために仕掛けた暗号懸賞によって起こる騒動を描いた表題作に加え、李鴻章狙撃犯・小山六之助の監獄生活を漱石の文体模写で描く「牢屋の坊っちゃん」、牛鍋屋チェーンを経営する木村荘平が新商売として始めた新式火葬場、その栄えある(?)第一号の客を求めて社員が右往左往する「いろは大王の火葬場」、幸徳秋水を4つの要素から描いた「四分割秋水伝」、そして伊庭想太郎が星亨暗殺事件に至るまでの軌跡を描いた「明治暗黒星」の5つ。このうち、初出時は別の作品集(『明治忠臣蔵』)に収められていた「明治暗黒星」を除く4作品については、作者自身の所感も収録されています。
 数ある明治モノの中では比較的地味というか、小粒な作品集という印象があるようなないような(←つーか冷静に考えて、このレベルでそういう印象が残るってどれだけ贅沢ですかと自己ツッコミ) とはいっても、どの作品も面白いことには間違いないんですけどねー。

 個人的に好きなのは表題作「明治バベルの塔」と「明治暗黒星」。「明治バベルの塔」は、涙香たちが考える暗号もさることながら、教科書にも載っている某有名事件も話に絡んで描き出されるそれぞれの立場や思想が生み出す齟齬が、のちの彼らを思うと一層興味深い。何気に小ネタも詰まってるし。
 「明治暗黒星」は、変わらない男と変わった男、あるいは変われなかった男と変わることができた男の人生の交錯が生み出した悲劇、というところでしょうか。かつて見下していた男の立身出世に対する嫉妬や劣等感、そして自身の信念やままならぬ人生に対する思い等が渾然一体となり、さらに伝え聞く悪評に後押しされて凶行に至るまでの過程が描かれていくのですが……良くも悪くも旧来の思想で凝り固まった伊庭の行動が滑稽でもあり哀れでもあり。最後に明かされる事実が二重に痛烈。
 他、その着想もさることながら導入と終幕の演出がまた良い味になっている「牢屋の坊っちゃん」、明治の一時期に的を絞った小「人間臨終図巻」(作者談)ともいえる「いろは大王の火葬場」や、実験小説的な手法で幸徳秋水の人間像に迫った「四分割秋水伝」と、それぞれの趣向が楽しめます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください