多かれ少なかれ「海の向こう側」との関わり合いという共通のテーマを持つ中編で構成された『明治波濤歌』(ちなみに上巻下巻で各3編収録) 明治物に多い連作形式でもない、ある意味珍しい作品集になっています。まぁ、各編独立した物語が楽しめるので、それはそれでお得感がある、かも。
以下、各中編の簡単な感想。
「それからの咸臨丸」:主役はかつて咸臨丸の乗組員として渡航した吉岡艮太夫……といっても、実はこの人のこと知らないんですよね私(恥) それはさておき、新政府樹立後に官軍相手に強盗を働き資金を貯めて、死地を求めていざ函館へ、というところで誤認逮捕されてしまう主役が哀れというか間抜けというか、微妙な笑いを誘います。ともあれ、危機的な状況に追い込まれた彼が、後に投獄されてきた榎本武揚と語るうち、次第に自分の中の価値観が揺らぎはじめていくのですが……。あることを利用してまんまと牢を脱した彼の最後の決断を、立派ととるか皮肉ととるか。
「風の中の蝶」:のちに「大阪事件」として歴史に名を残す事件にそれぞれの形で関わった若者たちの群像劇、ということになるでしょうか。話が話なので、史実からは自由民権運動に絡んだ人物の登場が多め。主役格を定めるならば、北村門太郎(透谷)になるかな。随所で南方熊楠も絡んできます。あ、あと夏目君と正岡君もちょい役で登場。若者たちの恋模様や理想に燃えた行動などが絡み合い、悲劇に転じたかと思えば次には喜劇に転じる様が面白い。しかし、思わず涙も浮かんでしまう蓬の壮烈な死闘の直後に、石坂公歴をアメリカに無事渡航させようとするドタバタ劇を持ってくるのはちょっと酷いんじゃないかと思わなくもない(笑)
終幕は各登場人物たちの最期までがさらりと語られていくのですが、それを読むうちに自然と序盤で登場人物たちが揃って笑いあっていた時間や透谷の詩を思い返し、しんみりした気分にさせてくれます。
「からゆき草紙」:主役格は樋口一葉。相場をしてみたいと借金を申し込んだというエピソードを膨らませ、かつて母が仕えた家の一人娘・美登利が人買いによって南洋に売られるのを阻止しようとする彼女の正義感(というか侠気というか)からくる奮闘が楽しい。人買い側の理論は、まぁ無茶苦茶といえばそうなんだけど、それでも理屈にはなってるのが性質が悪いよねぇと思ったり思わなかったり。