『エドの舞踏会 山田風太郎明治小説全集8』[山田風太郎/ちくま文庫]

 今度名古屋まで舞台観にいくので、再読。海軍少佐・山本権兵衛が、ひょんなことから鹿鳴館に貴婦人を招く役を仰せつかり、大山巌夫人捨松と共に名だたる元勲・大臣の奥方たちの元を訪ねて回る中で遭遇する出来事を描いた連作短編集。
 山田風太郎の明治モノが傑作ぞろいなのは言うまでもないし、いまさら私なんかが拙い感想書かなくてもなーとも思ったのですが、せっかくなので。なお、山田風太郎に関しては信者の域に軽く達する程度のファンだと自認していますので、いくらか差し引いて読んでいただければ幸いです。

 山田風太郎らしく、史実と虚構のバランスが絶妙。どのエピソードも実際に起こった事件や出来事を下敷きに、膨大な知識をもって「もしかしたらそういうこともあったのかもしれない」と読者に思わせるような小説に仕立てられているので、どこまでが虚構でどこまでが史実なのかとつい考えてしまうほど。
 作中には一時代を切り開いた政治家など実在の人物が多数登場してくるのですが、やはり脚光を浴びているのは章題にもなっている元勲・大臣の夫人たち。まだ女性が表舞台に登場することが難しかった時代に、内助の功を発揮する手弱女……かと思いきや、それだけでは収まらず、それぞれの境遇の中でしなやかな強さ・美しさを見せ付けながら、それぞれの人生を生きている奥様たちの姿に惚れ惚れ。そんな彼女たちを通して描かれる旦那方の、歴史の教科書で学んだそれとはまた違う人間味あふれる人物像もまた面白く。そんなこんなで表面的にはどこか滑稽さすら感じる楽しい作品集なのですが、それだけにその裏側に秘められ、時折顔を覗かせる哀切に満ちた呟きに胸を突かれることもしばしば。
 収録されている中で個人的に好きなのは、伊藤博文夫人と陸奥宗光夫人のエピソード。奥様の手際に思わずお見事と喝采を送りたくなってしまいます。山県有朋夫人も見事な手際を見せてくれるのですが、彼女の場合は感嘆よりも背筋が凍る思いが……。しかし、一番印象に残るのはどれかと聞かれれば、ル・ジャンドル将軍夫人のエピソードと答えるかな。雨の中でのやり取りですでに涙目になってましたが、最後の天覧芝居での掛声で涙腺決壊しましたよ……。
 物語の締めくくりは鹿鳴館。夫人方との交流を経てあることを考えた山本権兵衛がそれを実行に移すのですが、序章からの心境の変化につい笑みが浮かびます。そして、ここで語られる山本権兵衛、西郷従道、そしてピエール・ロティの言葉が、この作品集の全てを言い表しているな、と思いました。

 ちなみに、書誌情報にはちくま文庫版を利用しましたが、現在絶版状態だったりします。……実はこの本所有してない(文春文庫版は持ってる)ので、なんとか復刊して欲しいんだけどなー。(というか、明治全集自体、ちくま文庫版で揃えようと年1冊ぐらいののんびりペースで購入してたところ、全部揃える前にいつの間にか絶版になっていたという笑えない話。おかげで、手元にあるちくま版全集はかなりの歯抜け状態。嗚呼、ケチらないで一気に購入しておけばよかった。←後悔先に立たず)

作品名 : エドの舞踏会 山田風太郎明治小説全集8
    【 amazon , BOOKWALKER
著者名 : 山田風太郎
出版社 : ちくま文庫(筑摩書房)
ISBN  : 978-4-480-03348-2
発行日 : 1997/8

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