「黎明に叛くもの」ノベルス版(全4巻)各巻に書き下ろされた短編を収録した短編集。一番長い作品でも100ページありませんが、侮るなかれ。中身は相当濃いです。
もうすぐ読める(予定)の新作つながりで再読。で、幸いこの短編集は物理的・値段的に一番手に取りやすそうなことだし、ささやかな布教の意味も込めて簡単に感想書いておこうかと。なお、巻末の解説で「隠岐黒」は『黎明に叛くもの』、「天王船」は『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』、「神器導く」は『聚楽』、そして「波山の街」は『安徳天皇漂海記』のそれぞれと緩やかにリンクしていると指摘されていますし、読めば確かにそういう側面もあると納得出来ます。が、どの作品も『黎明』の設定を基盤にしてあるため、個人的にはやはり『黎明』外伝としての印象が強いですね。
「隠岐黒」:暗殺術を仕込まれた少年――若き日の松永久秀が、初めて単独でこなした仕事とその顛末を描いた話。あるいは、久秀と傀儡人形「果心」の縁が繋がった話、とも言えるかも。初仕事そのものは割とあっさり終わってしまうのですが、見所は他の部分。傀儡師という触れ込みで標的に近づいた久秀が技を実演してみせる場面ははっとするほど鮮明。話の後半では、不可思議としか言いようのない果心の存在と久秀が見た夢がなんとも印象的でした。
「天王船」:兄弟子・道三が信長に入れ込むのが気に入らない久秀。帰蝶の輿入れまで決まったと聞くに及び、ある思惑と共に尾張に出向くことにする、という展開の表題作。闇夜に浮かぶ光の船、そこで舞うが如く刃を交える人影二つ……描かれる場景は絢爛豪華以外に表現がありません。
「神器導く」:中国攻めの最中、和平の糸口を探るため密会を続ける羽柴秀吉と小早川隆景。そこに本能寺の変の知らせが入り――中国大返しに関する話。描かれる場景は他の作品と比べていささか地味ですが、その奇想に関しては負けていませんし、何より秀吉と隆景に与えられた性格がこの話を深くしているように感じます。この二人の終盤のやり取りは秀逸。あと、秀吉の涙には胸が詰まる思いがしました。
「波山の街―『東方見聞録』異聞」:フビライ・ハーン治世の大元帝国で、正体不明の信仰を持つ「波山の街」を調査するマルコ・ポーロの話。この話が一番長く、一番派手。フビライ・ハーンの天幕で繰り広げられた三つ巴が凄まじい。「波山の子」や傀儡を彩るいっそ煌びやかな血の舞、それとは対照的に静謐さすら感じるジパーノ爺さんの剣舞がそれぞれ圧巻。自動人形VS老剣士(本当は別の表現がしたいけど、ちょっとネタバレにすぎる気がするので自粛)はもっと見たかったような気もするけど、逆にあれぐらいの分量だからこそ良かったような気もする。そういう派手な部分に目が行きがちですが、大ハーン・フビライ(稀に見るほど大人物として描写されてる)とマルコの関係も見所の一つかと。この強い絆があったからこそ、故郷へと戻った後のマルコには郷愁めいたものを感じてしまいます。
4編収録してあるわりに解説含めて200ページと短めですし、伝奇小説が好きな方なら試しに手にとってみられては如何でしょう。