『アンゲルゼ 永遠の君に誓う』[須賀しのぶ/集英社コバルト文庫]

 人類と異種知性体「アンゲルゼ」の戦争に否応なく参加させられた少年少女たちと、彼らに関わる人々の繰り広げる物語、第4巻にして完結巻。

 当初の予定よりも短縮されたということで、まさか須賀さんに限ってはないと思うけど無理矢理エンドマークをつけてしまうんじゃないだろうかと勝手に心配していたのですが、まったくの杞憂でした。女神伝終盤並のページ&文字数+本文イラストなしというコバルトでは他に類をみないほどの物理的圧縮に加え、(おそらくシーンを丸ごと削ったりもしつつ)伏線回収&設定開示の大量投入からくる内容密度の濃さで、見事に物語に区切りをつけた須賀さんに敬礼。

 この巻の内容を大雑把にまとめて表現すると、陽菜をはじめとする多くの登場人物たちにとっての揺籃期の終焉、というところでしょうか。まさに怒涛のようとしか表現できないような展開の連続で、最初から最後まで堪能。しかし、1冊に内容を詰め込んだために、どうしても駆け足になってるなーと感じるところもあり。やっぱり、本来の予定通りの巻数で読んでみたかったな、と悔しく思いました。具体的に上げるとネタばれになるので詳しくは書きませんが、有紗の最期や戦争の背景、それに陽菜の階級などある程度予想できたものから、ロンの関与とか敷島周辺の人物関係とか予想外なことも多々。予想外といえば、本当に異種族なんだな、と思わされたアンゲルゼ(というかマリア)の思考回路もそうだったかもしれない。2~3巻では微笑ましく感じてたやりとりも、いま読み返すと印象が変わるだろうなぁ。
 陽菜が一時自宅に戻ったところは、多分、これが最後の猶予なんだろうと簡単に推測できるだけになんともいえない気持ちを抱きつつ、覚野との甘酸っぱいやりとりでニヤニヤしたり母親との会話でしんみり涙したり。……そして、止めとばかりに昼間の自分の行動思い返してうだうだ転がってるもーちゃんの姿にニヤニヤした直後、ついに訪れたその場面は……もう本当に、どうしようもないことだったのだろうと分かっていても、切なくて哀しくて、仕方がなかったです。万感の想いが込められた陽菜の別れの言葉と、絶望的なまでに遠くなった距離にそれでもあきらめず叫ばれた覚野の誓いに、泣きました。あと、「俺の娘」とか「お父さん」とかもちょっと反則だと思う……(←思い出してまたいろいろとこみあげてきてる)

 最後まで読みきると、物語的には一区切りついていることは確実だしこれで完結といわれても納得はできるのですが。その一方で、想像の余地がたくさん用意されているだけに、エピローグの先の物語――目覚めたという眠り姫のことや壮年の男女が過去と折り合いをつけて連れ添う姿、そして何よりも彼女がどの程度記憶を留めているのか、まっすぐに彼女を追いかける彼の手が届くのか、二人が寄り添えるようになるのか――をあれこれ思い描いてしまいます(つーか、普通に第二部が展開できそうだよなーこれ) もはや先のことが語られることがないのは非常に残念ですが、これからもそれぞれの場所で戦い続けていく彼らの物語に、少しでも幸せな結末が訪れてくれることを祈らずにはいられません。

 最後に作品に直接関係のない独り言なんですが。あとがきの文章、妙に意味深に感じたのは深読みし過ぎですかね……。

作品名 : アンゲルゼ 永遠の君に誓う
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著者名 : 須賀しのぶ
出版社 : 集英社コバルト文庫(集英社)
ISBN  : 978-4-08-601239-3
発行日 : 2008/11/28

0811購入メモ(その4)。

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『彼女の知らない彼女』[里見蘭/新潮社]

高校卒業後、家業の定食屋を手伝っている夏子。大学へ通いながら女優を目指している幼馴染で親友の杏を応援しながら、一方で自分の人生は本当にこれでいいのだろうかと考えていた。同じころ、オリンピック金メダリスト・夏希のコーチをしている村上は、一つの決断を迫られていた。夏希が故障し、4か月後に行われる選考レースに出場するか否かで契約事務所と意見が対立してしまったのだ。困り果てていた村上は、とある居酒屋で変人めいた初老の男と出会う。井尻博士と名乗ったその男が、村上の話を聞いて提示した奇想天外な解決法によって、交わるはずのない二つの人生が交わることに。

 第20回日本ファンタジーノベル大賞・優秀賞受賞作。ちなみに、作者さんはこの作品がデビューではなく、ホワイトハート等でオリジナル・ノベライズを何作か発表されている方です。

 最初は、パラレルワールドをめぐって代役を見つけてくるってスポーツマン精神としてはどうなんだとツッコミをいれたくなったものの、コーチたちは代役で適当にその場をごまかそうとせず、夏子も自身の素質に甘えず本番に向けての猛特訓をこなしていくという展開に、段々彼らを応援したくなり。気がつくと細かいことはまぁどうでもいいかーという気にさせられてしまっていたという。で、終盤に夏子が本番レースに挑む場面になると、もういっそパラレルワールドとか抜きで普通のスポーツ成長ものでも良かったんじゃないかと思った(←いや、そうなると完璧に「ファンタジー」じゃなくなるから)
 そして、全てが終わった後。この出来事をきっかけにして自身の殻を破り、自分の世界で次のステップへ進みだした夏子の姿が印象的でした。コーチとの別れも少し切なく、でも湿っぽくならずで良い感じ。

 まぁとにかく、読んでいると「私もめげずに頑張ってみよう」という気分になれる話でした。ちょっと凹んだ時とかに読みかえすと、元気とやる気が出そうでいいかもなーとも思った。

作品名 : 彼女の知らない彼女
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著者名 : 里見蘭
出版社 : 新潮社
ISBN  : 978-4-10-313011-6
発行日 : 2008/11

『天使の歩廊 ある建築家をめぐる物語』[中村弦/新潮社]

 第20回日本ファンタジーノベル大賞・大賞受賞作。現実とは似て異なる日本を舞台に、依頼者の心にひそむ「本当の望み」を叶える不思議な才能をもった建築家・笠井泉二の足跡を辿った、あるいは彼の才能にそれぞれの形で接した人々の物語を集めた連作集。

 ここ数回のファンノベ大賞の中では、地味ながらも個性のある作品で、なかなか楽しかったです。話はどちらかといえば淡々とした調子で進んでいくのですが、人の抱える繊細な痛みとさりげない優しさ・癒しの描写や雰囲気がなんとも素敵な味わいで、読み進むにつれてだんだんと惹きこまれていく感じ。
 それから、笠井という人物への興味も物語を読み進める中では良いスパイスでした。物語の主役は彼ではなくて、彼の才能だったのかな、と読了した今では思っているのですが。その才能の発露が時々の出来事と絡めて語られていく中で、自然と異能の天才とその孤独が浮かび上がってくるという構成・展開が上手いなぁと思いました。しかし、笠井がこういう異能を持つ理由については作中でも推論とともに語られたりするものの真相は謎のまま、というのは人に寄って賛否が分かれるかも。個人的には、深く理詰めで追及せずに、世の中にはそういう不思議なこともあるんだろうね、ぐらいに捉えておくのが作品の雰囲気的にもベターなんじゃないかと思いました。
 あともう一つ難を言うなら、彼の手がけた建築物の描写やそれの生み出す作用などの描写が、なんだか普通すぎた気がしなくもない。堅実な描写で無難には読めるんだけれど、なんというかもう少し、依頼者の味わう至福の雰囲気が嫌でも伝わってくるような、濃いめの描写があったらよかったのになーとちょっと思った。好みの問題でしょうか。

 なにはともあれ、久しぶりにファンノベ大賞っぽい作品が読めて満足。次回作も楽しみに待っていようと思います。

作品名 : 天使の歩廊 ある建築家をめぐる物語
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著者名 : 中村弦
出版社 : 新潮社
ISBN  : 978-4-10-312081-0
発行日 : 2008/11

0811購入メモ(その3)。

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