『龍盤七朝 ケルベロス 壱』[古橋秀之/メディアワークス文庫]

 久しぶりの古橋氏の新作は、秋山瑞人氏とのシェアードワールド企画「龍盤七朝」古橋パートの始動でした。戦場に現れ、吐き出す毒気だけで一軍を滅ぼすという「三首四眼五臂六脚」の怪物の物語。

 以前発売された『IX』をより派手にしたような、武侠風味色の強い作品でした。この巻の内容としては、とある街で出会った3人が、いろいろあって旅立つまで(まとめすぎだ)
 終盤までは、廉把と蘭茄、浪无のそれぞれ個性的な3人と街の人たちとのやりとりを楽しんだり、刺客との凄まじい死闘を堪能したりで、なんだかんだで正統派な貴種流離譚っぽい話になるのかなーと思いながら、のほほんとページをめくっていたのですが。油断してたら終盤に大天災が到来した。何あの問答無用で情け容赦とかそれに類する言葉が入る余地もないぐらいの叩き潰し。こういう大破壊とか惨劇をひょいと持ってくるのはある意味作者の持ち味ですかね……。「手」に証文を握らせようとする姿は一瞬壊れてしまったのかと思いましたが……最後の宣言に、あの暴威を目の当たりにしてなお、立ち向かう意思が挫けなかったのはすごいよなぁ、と素直に感心しました。
 敵役は、もはや人間の枠を超えた荒ぶる神の化身とでもいうのか、こんなのどうやって斃すのよ、というレベル。しかし、最後の締めからすると新たに生まれる「怪物」がこの人を斃すかあるいは匹敵する強さを得ることは確定だろうし。加えて、今の「首が揃った」段階では比較的真っ当な精神の持ち主と思える「怪物」が、冒頭で語られるような凶悪性をどうやって育てていくのか。先の展開が気になるところでもありますね。

作品名 : 龍盤七朝 ケルベロス 壱
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著者名 : 古橋秀之
出版社 : メディアワークス文庫(メディアワークス)
ISBN  : 978-4-04-868219-0
発行日 : 2009/12/16

『陰陽ノ京 月風譚 黒方の鬼』[渡瀬草一郎/メディアワークス文庫]

 平安時代の京を舞台に、人が転じた鬼やその他さまざまな怪異を鎮める陰陽師たちの姿を描く「陰陽ノ京」シリーズ。約3年ぶりの新刊は、新創刊のメディアワークス文庫からの発売、主役は慶滋保胤から賀茂光榮に交代となっています。

 話の内容としては、時の左大臣・藤原実頼を呪詛する符が発見されたことに端を発した、賀茂光榮はじめ陰陽寮の俊才たちの活躍、というところでしょうか。今まではわりと時代背景はさほど、という感じでしたが、過去の因縁として承平天慶の乱が絡んできたり、そもそも今回呪詛の対象となったのが実在の左大臣だったりと史実と絡む部分が増えていたあたり、電撃文庫よりも対象年齢を引き上げてるということなのかなぁ、と思った。……しかし正直なところを言えば、読了後は「あれ、電撃文庫の陰陽ノ京よりもライトノベルっぽい?」と思ったりした。いや、情の描写に重きが置かれた、シリーズ独特のしっとりした味わいは健在だったのですが、なんかこう、若干ながら派手になっているような印象が。……これはやはりあれか、主役の性格の差か……?
 えーと、登場人物関係では、光榮と同僚の住吉兼良の仲わるよしぶりが地味に楽しかったり、光榮と藤乃のロマンス未満のやりとりにニヤニヤしたり、ピンチの時でも貴年を口説くことに余念がない吉平に「その甲斐性を保胤にも……!」と思ったり、ちょっとだけ登場した清良に心和んだりしました。保胤と時継もそろって出番があるともっと良かった……。あ、あと百鬼夜行ならぬ山の精の行列はちょっと見たいと思った。

 ラストはまだしばらくはこの因縁が続きそうな線が残されて、ちょっと吃驚。こうなると、次の巻はどういう話になるのか、気になるところです。

作品名 : 陰陽ノ京 月風譚 黒方の鬼
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著者名 : 渡瀬草一郎
出版社 : メディアワークス文庫(メディアワークス)
ISBN  : 978-4-04-868224-4
発行日 : 2009/12/16

『再びのぶたぶた』[矢崎存美/光文社文庫]

 すっかり年に一度のお楽しみとなったぶたぶたさんの最新作。あとがきによれば、今回のテーマは「スピンオフ」だったそうです。途中でちょっと路線が変わったようですが。

 基本的にどの作品から読んでも楽しめる「ぶたぶた」シリーズの特徴ですが、今回の作品集だけはテーマがテーマだけに過去に発表された作品とのリンクがあったり設定が同じだったりするので、派生元の話を読んでおいたほうがより楽しめるかもしれないなぁ、と思いました。……いや、過去作品をほとんど忘れていても十分面白かったから、やはり事前知識がなくても楽しめる、のか?(どっちだよ)
 内容的にはいつものぶたぶたさん、という感じ。こうまで毎回、安定してほのぼのできる&楽しめるというのはある意味すごい事のような気がしなくもない。一番印象に残ったのは「十三年目の再会」(『ぶたぶたの食卓』収録)の前日譚にあたる、「桜色七日」。あちらで過去の話として語られた内容を、当事者の視点で語り直した話ともいえますが……何気ない話ではあるのですが、「その後」が分かっているだけに、その何気なさがなんともかけがえのない時間であると感じられ、最後はちょっとしんみりとしてしまいました。
 その他、この夏お台場に登場した某ロボットネタも絡んだ「再会の夏」、四苦八苦する作家の姿に思わず吹き出す「隣の女」、久しぶりの刑事バージョン「次の日」や、ぶたぶたさんの次女が微笑ましい「小さなストーカー」、どれも面白かったです。

 来年はどんなテーマでぶたぶたさんが読めるのか。今からとても楽しみです。

作品名 : 再びのぶたぶた
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著者名 : 矢崎存美
出版社 : 光文社文庫(光文社)
ISBN  : 978-4-334-74696-4
発行日 : 2009/12/8

『天涯のパシュルーナ 2』[前田栄/新書館ウィングス文庫]

 独自の信仰と文化を持つ山間の小国で、生後間もなく行方不明となった第一王子(候補)に仕立て上げられた少年(本人やる気なし)と周囲の人々が繰り広げる王道ファンタジー、第2巻。

 今回の内容は、一言でまとめると「王子様世直しする」みたいな。トゥラルク本人にそう言ったら死ぬほど嫌がるでしょうが、あとから冷静に眺めるとそうとしか取れない行動とってるし。まぁともあれ、山賊育ちの利点というべきか、神殿や貴族といった普通なら二の足を踏むような相手でも「頭を叩けばいいんだよな!」と怯まず問題解決に首を突っ込んだり、その他にも世間の常識に囚われない自由な思考で行動するトゥラルクは、本人の気性がまっすぐなことも手伝って、少なからず苦笑しつつも見ていて気分が良いなぁと思います。……その代償に、いろんな意味で泥沼にはまっていってるのは、まぁ、ご愁傷様というか。でも、ヒルクィットも騒動を利用してる面はあるにしろ、なんだかんだでフォローに走るはめにもなってるんだから、せめて嫌みや説教は我慢しましょうね、という感じ(笑)
 一方、彼を後見するヒルクイットの思惑やら何やらはなんとなーく見えてきたようではあるけれど、まだ情報が全部出揃っていない、という段階。次巻ぐらいからこっちの状況も大きく動いていくのかなーとは思いますが……トゥラルクがこのまま大人しく(?)彼の思惑に乗ったままでいるのかも含めて、いろいろ楽しみ。

 さて、うっかり目立ちまくってしまったトゥラルクは、次はどんな騒動に巻き込まれるのか。今回知り合った2人の少年もまだ絡んできそうだし、この先どう話が展開していくのか、気になるところです。

作品名 : 天涯のパシュルーナ 2
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著者名 : 前田栄
出版社 : 新書館ウィングス文庫(新書館)
ISBN  : 978-4-403-54146-9
発行日 : 2009/12/10

『悪魔のソネット 探偵稼業も悪魔の仕事』[栗原ちひろ/角川ビーンズ文庫]

 逆ハーラブコメ+退魔バトルファンタジー、「悪魔のソネット」第4巻。首都編となった今回は、退魔庁所属のユリアン出番増&いろいろ急展開な巻でした。

 内容としては、レクスが急速に「人間らしく」なり、美形が苦手だったジャスティンも徐々に……とらぶ方面が一気に進展した印象。随所でとてもニヤニヤしました。エルデン&ルーナエとのやりとりも和んだ。あと、なんだかんだ苦言を呈しつつも面倒見のいい先輩なユリアンは、ジャスティンにいやいやいや!という勘違いをされたりトラウマになってる過去を抉られたりといろいろ大変な目にあってました。それにしても、明らかになったユリアンの過去は思ってたよりもひどかった。しかし、レーベル規制でいくらか緩和されてるような気がするというか、もしレーベルが例えば幻狼あたりだったらもっとエグい描写になったんじゃないだろうかこれ……と思った。
 その一方で、わりとあからさまに何かありげだった某人たちの思惑がついに判明&実行されたり、まぁさすがにあのままでは終わらないだろうなーと思ってた「駄目っ子」(byあとがき)が復活したり、さらに終盤にはレクスがまさか……!という状態になったりと、お話的にもまさにクライマックス。栗原さんの作品は、何気に女性が強いよなぁ……と最後のジャスティンの姿を見て思った。

 次巻でシリーズ完結、ということで。用意されたピースをどう組み立てて、物語の幕を下ろすのか。発売を楽しみに待ちたいと思います。

作品名 : 悪魔のソネット 探偵稼業も悪魔の仕事
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著者名 : 栗原ちひろ
出版社 : 角川ビーンズ文庫(角川書店)
ISBN  : 978-4-04-451412-9
発行日 : 2009/12/1