昨年から趣味に走ってちまちま山風作品の感想を書いてる流れで。基本的にほぼ全部外れなしの山風作品ですが(思いっきり信者意見)、特に自分が好きな作品・他人にオススメしやすいと思う作品はどれだろうと思ったので、各ジャンルから私的オススメ・お気に入り作品を3つずつ選んでみた。
【忍法帖】
『甲賀忍法帖』・『風来忍法帖』・『忍びの卍』
『甲賀』はシリーズ1作目にして完成された様式と怒涛の展開が、『風来』は個性豊かな無頼漢たちが、無自覚のままに恋い慕った姫君のために、命を捨てて強敵に挑み斃していく様子が、燃えて泣ける。『卍』は入手難なのがとにかく惜しい面白さ。登場する忍者達の駆け引きや戦いの面白さもさることながら、最後に明らかになる深謀遠慮には愕然とさせられます。……ちなみに、個人的に忍法帖お気に入り度は『甲賀』と『風来』がツートップであとは団子状態だったりする。なので、気分で順位が入れ替わりまくる、ということを一言付け加えておきます(いや、もちろん好きではあるんだけど)
【明治もの】
全部。……すみません、真面目にやります。
『エドの舞踏会』・『明治波濤歌』・『警視庁草紙』
『エド』は元勲たちの私人としての駄目さ加減というかだらしなさに妙な愛嬌を感じたり苦笑いしたりする一方、少なからず時代に翻弄されながら夫に連れ添う婦人たちの立ち居振る舞いの格好よさが印象的。これ読むと、「山風って女性が好きだよなー」と変な意味じゃなく思う。『波濤歌』はそれぞれ傾向の違う作品が収録されているので、6度美味しい中編集。中でもお気に入りなのは「風の中の蝶」。しみじみ切なくなるラストが良い。この2冊は、かなりとっつきやすい(と思う)作品なので、山風作品に偏見がある人にオススメするのにいいかもしれない。とはいえ、現実的にこれらはすでに店頭から姿を消しているので、実際薦めるなら『警視庁草紙』になるかな。同じく入手可の『明治断頭台』も甲乙つけがたいんだけど、『警視庁』のほうが明治もの1作目ということもあって、明治もの全体の雰囲気がつかみやすいかなーと。
【室町もの】
『柳生十兵衛死す』・『室町少年倶楽部』・『室町お伽草子』
『十兵衛死す』は忍法帖とどちらに区分するか迷いましたが、とりあえずこっちで。「十兵衛三部作」の掉尾を飾る作品であり、小説家・山田風太郎最後の小説。書かれた時期が老境に差し掛かってからということもあってか、『柳生』『魔界』とは少し雰囲気が異なっていますが内容が面白いことには違いがない。つーか、齢60を超えてなおこういう作品が書けたという事実に、「戦中派天才老人」の天才を思い知る。『室町少年倶楽部』は足利義政の半生を描いた作品。義政とその周囲の変容と混迷を深めていく状況に、人の世の業の深さを感じます。そして、端的に事実を告げているだけにもかかわらず、凄まじいまでの切れ味を持つラスト一文は、背筋が震えます。『室町お伽草子』は打って変って、美貌の姫君を巡るドタバタ劇。無茶な設定ながら押さえるところはしっかり押さえてあって、気軽に楽しめる一品。あと、山風作品なのに秀吉が白い!と、驚いてしまう(笑)
【時代もの】
『妖説太閤記』・『妖異金瓶梅』・『八犬傳』
『妖説太閤記』は秀吉の成り上り人生をたった一つの動機をもって描ききった作品。秀吉が腹黒な策略家として描かれるパターンもそう珍しいものではありませんが、それでもこれほど嫌悪感を覚えて「早く死なないかなぁこの人……」とまで思わされる造形は他に類をみない。『妖異金瓶梅』は女人大魔王・金蓮様の魅力に加えて、終盤に一連の乱痴気騒ぎが収束していく流れが見事。『八犬傳』は、「実の世界」での、人間としては問題点だらけの馬琴の実生活の悲喜劇ぶり、そして馬琴と北斎その他の人々とのやりとりの描写から見えてくる山風の創作家としての在り方が興味深い。それらの流れを経て、「虚実冥合」において生まれた光景はまさに奇跡の美しさ。
【現代ミステリ】
『夜よりほかに聴くものもなし』・『太陽黒点』・『眼中の悪魔』
『夜よりほかに~』は、定年間近の老刑事が遭遇するどこか奇妙な10の事件を描いた、ミステリというよりサスペンス・オムニバス。それぞれ同情・理解・納得・共感してしまう事情で罪を犯した犯人たちに対して、八坂刑事が発する「それでも……おれは君に、手錠をかけなければならん」という言葉が、重く重く、響く。『太陽黒点』は、ある若者たちの1年間を描いた群像劇、というところでしょうか。事前情報(+廣済堂文庫版裏表紙あらすじ)は目に入れずに読み、終章で驚愕すべし。『明治断頭台』と同等級の衝撃が待っています。『眼中の悪魔』は、最初期の作品(2作目だっけ?)ながら、完成度は嫌になるほど高い(しかし、その後にはまだまだ傑作があるという) なんというか、山風は最初から山風だったんだなぁ……と思わされる1作。
とりあえず、個人的お気に入りはこんな感じかな? まぁ正直なところ、忍法帖に限らずわりと気分でオススメが入れ替わる適当なリストですが、何かのご参考にでもー。