「王が入朝されるさいには、百官が班迎すれば十分です。たとえ廃立があるとしても、太后の教令をまつのが当然です。どうしてあわただしく勧進のことを議するのですか」
という意見を述べた。
このとき馮道は、
「事はまさに実を務むべし。――事当務実――」
といい放った。何事も実を務めなくてはならぬ。現実を目指さなければならない。虚名に誤られてはならない。これほど馮道の生き方を簡単明瞭にいい現した言葉はない。――六 後唐末帝への勧進 (p.148)
「読書の夏」、リスト消化11作品目。五朝八姓十一君に仕えたという中国史上でも異色の経歴を持つ、五代十国時代の政治家の評伝。経歴が経歴のため、五代十国時代の通史にもなってるのでこの時代の入門書としてもちょうどいい一冊。
主君を次々と変えたために後世、特に儒教的観点からはあまり芳しい評価を受けていない人ですが……この本で書かれている内容や現代人の感覚からいえば、良くも悪くも日和見主義というか現実主義の人だったんだろうなー、という感じですね。まぁ、忠義を尽くす対象はあくまで「国」であり、誰がそれを治めるかはたいした問題じゃないという、当時からすれば異端以外の何物でもないだろう思想に基づく彼の行動は、乱世ならともかく平時(それも議院内閣制とかならともかく絶対君主制の社会)の支配層にとっては都合が悪いだろうから、評判が悪くなるのも分かりますけど(苦笑) でもやっぱり、同じ上に立つ人間なら、理想を追うあまり誰一人救えない人よりも、現実に柔軟に対応し力の及ぶ限り民衆にも目を配る人のほうが良いと、単純にそう思います。
……それにしても、重用されたのは勿論本人の能力・人柄もあってのことでしょうが、それに加えてこの人、何気に運の良さと状況判断が的確すぎる。それは失脚するだろというようなことがあっても、上手くその状況を脱してるし。こういう身の処し方などに現れている一筋縄ではいかない老獪な政治家という側面も、単なる人徳者というだけに止まらない馮道という人物の面白みですねー。